【雑記】クレジットカード履歴

こんばんはWTです。
いつも記事をご覧いただきありがとうございます。

今日は記事を書きすぎて消耗してしまったので

今迄のクレジット履歴とその思い出をかける範囲で書いていこうと思います。

そもそもWTって誰よ

すみません。これまでに一回もプロフィールらしいところがありませんでした。

私について

40代前半、これまでベンチャー企業に籍を置き、
誰でも知っているプロダクトの立ち上げを2つ成功に導くメンバーでした。

最終的に会社は1兆円を超える規模になっています。
あ、私は端っこで仕事してただけです。

クレジットとの出会い

私は大学を出て、就職する前後で一番最初に発行したのがDCカードでした。(三菱UFJニコス)

卒業旅行でヨーロッパ旅行に行こうと友人と3か国(ロドン・パリ・ローマ)に2週間程行くために、卒業旅行ローン(今、あるんですかね)を50万組んで同時に決済用に作りました。

たしか半年で50万を返済したと思います。

今から考えると安いですね。ポンドは高い印象でしたが

所持カード:DCカード

会社のATM

ベンチャの企業のために熱心に日参で融資の案件をもってきていた銀行が会社の1FにATMを置いてくださいました。

そうなれば当然ATMの銀行の口座を作ったほうが手数料もかからないので、それが第一勧銀です。
いまのみずほ銀行ですね。

丁度ITが一旦頂点を掴みかけた、いわゆるITベンチャーがちょうど入社3年目にやってきました。

ITバブルに入る直前にストックオプションを貰っていて、その金額は4000万は超えてたと思います。
平社員でもそんな感じですから、役職者はもう億だったと思いますよ。都内のマンション探してました(笑)

所持カード:DCカード:枠30万程度

銀行カードローンとヤングゴールドカード

会社から特別金利でカードローンが紹介されたのはこのころだったと思います。26.7のサラリーマンに提示したカードローンの枠は200万。高いわ!

まだ、お金に関して正常な判断ができたので、ストックオプションがあるから先に使うとかいうアホな考えは在りませんでした。ただ、周りにはいました(笑)

そのタイミングでDCのカードがヤングゴールドに
また、クレディセゾンのカードも持ちました。

まだ、ITはバブルでした。

所持:
DCヤングゴールドカード:枠100万
クレディセゾン:枠40万
銀行カードローン:枠200万

あと一個あったんですよね

そして奈落の底へと

2000年、ITバブルが弾けました。弾けた日、私は両親とアメリカにいました。フロリダにディズニーランドとユニバーサルスタジオに連れて行ってました。
Windows2000がローンチする週でした。

ホテルに新聞が届いたのですが、株価がストップ安です。ストックオプションルールでまだ売ることができなくて、飛行機で不安になっていたことを思い出します。

光通信さんの20連続という芸術的なストップ安(ガラ:FX用語ですね)を見てても本当に投機だったんだなあと思います。この記録はルール上今後も破られることはないそうです。

休暇明けで会社に戻ると、雰囲気最悪ですよ…
そのあと、必死に忘れるように仕事をしていました。

所持:
DCヤングゴールドカード:枠100万
クレディセゾン:枠40万
銀行カードローン:枠200万

 会社は暗いが、時計とマンションを買う

株価を毎日みてましたが、借金もないしカードローンもほぼ手つかずにいましたから、2000年のボーナスで時計買いました。王道のROLEX EXⅠです。50万
あと、「会社は潰れることはないし、安定したい」と両親も住めるマンションを買いました。当時は安かったですよ。横浜市内で4LDK 3500万位でした。
勿論ローンはまだ残ってます(笑)

所持:
DCヤングゴールドカード:枠100万
クレディセゾン:枠40万
銀行カードローン:枠200万

マンションを買うと転勤になるルール

その時に「マンション買うと転勤になる」というジンクスを知らなくて、買う前に行ってくれればいいのに、1か月後に転勤で大阪に行きました。

所持:
DCヤングゴールドカード:枠100万
クレディセゾン:枠40万
みずほ銀行カードローン:枠200万

こんなルールが後々効いてくるのでした

大阪と東京の家賃2重支払い

会社の住宅補助は月3万程度でした。
大阪と横浜の家賃を父と頑張って払ってましたよ

でも、カツカツですよ。
だからカードローンを使わなくてはいけなかったし
仕事のモチベーションはなかったですね。

このころに金利が恐ろしく安いスルガ銀行のカードローンが申し込んだら通ってしまいました。

枠はたしか150万だと思います。
ただ、このころ多分クレディセゾン解約してます。

所持:
DCヤングゴールドカード:枠100万
みずほ銀行カードローン:枠200万
スルガ銀行カードローン:枠150万

そして運命が待っていた。

2001年に会社の重要なプロジェクトが走ることになり
毎週東京ー大阪に必ず行かなければならない事になりました。

毎週ですよ、年間50回ですよ
でも家には帰れなかった。
会議を夕方から午前2時くらいまでやって近くのホテル泊まって、あさ11時には大阪にいないと行けないんで

最初は新幹線で上司と私で列変えて寝てたんですよ
その時に聞こえた一言がクレカ人生を変えたんです

「今日飛行機取れなかったからマイル損した」

大阪と東京を往復すればマイル稼げるじゃないかと
調べたらANAの上級会員の存在を知るわけです。

マイルは会社の資産ではないので個人の財産だし会社の規定をしっかり守ればマイルどころか上級会員になれるんじゃないか

上司も割と乗り気で次の週からANAでITM-HNDの予約は全部私が取り仕切って、通うようになりました。

その際に相当数乗るから三井住友VISAのワイドゴールド申し込んだら通ったんだですね。30前だったんですが

所持:
DCヤングゴールドカード:枠100万
みずほ銀行カードローン:枠200万
スルガ銀行カードローン:枠150万
三井住友ANAワイドゴールド:枠100万

 飛行機というマイル自動販売機

毎週行っているわけですからマイル自動販売機ですよね。

その年12月までにイレギュラーのフライト含めて93回搭乗してます。5月くらいですから、もうやばいですよ
ワイドゴールドカードで搭乗マイルだけで3万マイル

飛行機代も当然会社持ち、ホテルも当たり前なので
多分それだけで7万マイルだと思います。

新幹線のあの一言を聞かなかったら
ずっと、上級会員にならなかったですかね

所持:
DCヤングゴールドカード:枠100万
みずほ銀行カードローン:枠200万
スルガ銀行カードローン:枠150万
三井住友ANAワイドゴールド:枠100万

スーパーフライヤーズカード

スーパーフライヤーズカードはANAのプラチナメンバーの内に入れば入会できますので急ぐ必要はなかったのですが、すぐに申請しました。

最終的にはSFC(三井住友)は与信300万でした。

この頃は落ち着いていてJCBのビジネスカードとSFCとDCがあってDCを解約したと思います。

所持:
JCBビジネスカード:枠50万
みずほ銀行カードローン:枠200万
スルガ銀行カードローン:枠150万
三井住友ANAワイドゴールド:枠100万

楽天を追加 さらにSFCをアメックスへ

なんで楽天のカードを作ったのかはたしかポン・カン制度で還元が4%になったからだと思います。

Yahoo!ショッピングがボロすぎてあの頃の楽天はよかったですねー。ボーナス上限も3万とかだったし

東京に帰ってきて、しばらくしたらAMEXのSFCでたんですよ。

どうしても手に入れたくて
もう1回プラチナ会員になるべく
ANA修行をやりました。

東京-沖縄-東京-シンガポール-東京-沖縄-東京

いわゆるSINタッチです。4回
辛かった….

ここまでの間にカードが少ないけど、たしかにあと4枚ほどあった気がするんですよね。謎

所持:
JCBビジネスカード:枠50万
楽天カード:枠50万
みずほ銀行カードローン:枠200万
スルガ銀行カードローン:枠150万→解約しました
三井住友ANAスーパーフライヤーズカード:枠300万→解約しました
アメリカン・エキスプレス・カードANASFCゴールド

今は起業準備

会社の方針と自分のポリシーがどうしても合わなくなって、たまたまお知り合いになった人と起業準備中

まだ間に合う!自分のやりたいことはできるはず。
アフィリエイトもマインドセットの切り口です。

マネタイズを効率的に行うにはどうするかを今学ばせてもらってます。

今日のエントリーは自分語りでした。
ご覧になった方はいつもより感謝しています。

また次のエントリーで

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